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和解学と国際政治・外交

前回の最後に問題とした「人権被害者」救済の主張に由来する日韓間の一九六五年体制の実質的な見直し=平和的な現状変更の要求を中心に、今回は和解学と国際政治・外交の関係を説明したい。

平和的な現状変更は、国際政治学の永遠のテーマである。国内政治と比較するとわかりやすい。国内の法は現状を構成する規範だが、社会の変化に合わせた法の改廃・制定は、国民の代表が集う議会が行なっている。国際社会でも変化に合わせた立法なくして、安定した国際社会を維持することはできないが、国際社会での現状変更は、第一次大戦まで「戦争」という手段に訴えない限りは不可能であった。二度の大戦をへて平和的「国際政治」を経た国際立法の必要性は、今日ますます高まっている。その典型が環境・エネルギー問題であり、その必要は貿易や開発途上国への投資ルールのみならず、税制や外国人労働者、軍事技術(AI殺傷兵器取締りは典型)、ブロックチェーン・サイバー空間、果ては月や火星の水や炭素の利用権にも、国際公共性は拡大している。

国際的現状変更を要する公共性の法的定義を要する分野が広くなる一方、法を作り出す仕組みは未発達で代表議会はない。G7やAPECなど有志連合体のみであり、国家的パワー(個人利益と同じ)は除去できない。「個」を超えた公益を抽出する仕組みはなく、個々の国益とパワーで、国際政治は動かざるを得ない状況なのである。市場への参入を阻み国内法を適用すると脅したり、新兵器や軍事演習で脅したり、ということになる。

しかし、いきなり、これこそが公共性だ、正義だと主張するのが和解学ではない。むしろ、そうした価値(正義含む)が、国民的記憶と一体化し、歴史問題に象徴されるような国民間の感情的対立と、国民自体の分裂につながっていくような動き内外政治力学を、冷静にその原因を含めて認識してその流れから身を離していくための学問である。応用例として、カナダ人が環境やグリーンエネルギーを重視するのにアメリカ人は大量のエネルギー消費を続けるがが、経済的軍事的脅しが行使されることはない。紛争はあっても大抵司法的な手段で解決され、新しい立法を要するような問題があっても、言葉が通じて相手の行動パターンが読めるために、国民感情を揺さぶる政治的問題に発展しない(国民性を皮肉るジョークはある)。

和解学が目指すのは、こうしたカナダ・アメリカ関係に象徴される「合同安全共同体」(カール・ドイチェ)であるとも言える。片方に有利な現状を正当化する固定する法の支配ではなく、平和的に納得のいく法や条約が定立され廃止されるメカニズムをも備えた「生きた法の支配」である。それなくして法は現状に有利な国の道具にすぎない。ところで最も困難な紛争こそ感情が優先する領土問題であるが、そうした共同体状態では、正義自体を調和させる仕組みが作られる。領土問題は存在しても深刻な問題として重要視されず、共同の利益をむしろ大事にするような態度も共有される。健全な競争も維持される

こうした態度を具体的に保持するのは国民一人ひとりである。そういう意味で、国民間の和解は、国内の政治的正統性を支えている歴史的記憶の共有と深く関わっている。国際社会の変化に合わせた世界的なルールづくりを、諸国民間の信頼をベースに不安なく進めていくためにも、近代の一五〇年間余りにつくられた若い国民がひしめき、経済発展に成功しても過去の歴史ゆえに互いに牽制しあっている東アジアの国民間の和解が必要である。

現状では、中国の共産党政権が、抗日戦争勝利の記憶に依拠しつつ、それを経済発展の成果と抱き合わせて国内の正統性に利用している。韓国の民主化も歴史解釈権の奪い合いの末に、人権という価値と結びついた民衆の歴史記憶をベースに日本との歴史問題を加熱させている。日本も「発展」や「豊かさ」以外の、自由や人権という価値に向き合って、それに対応する「加害」の記憶に対処しようとはしていない。いずれにせよ、外交が専ら国民の記憶と切断され、国益とパワーの論理のみで展開されている時代は、終わっていると言わざるを得ない。

現代ほど、国民に共有される感情や価値・記憶を意識しながら、国民相互の間で教育や文化全般にわたる対話の必要性が高まっている時代はない。「主権」を担うはずの「国民」が無意識に共有している記憶や感情・価値から目を背けて、表層の若者文化に特化するような今までの交流は限界に直面している。今こそ、国民的記憶と、それによってつくられる国民感情のズレを認識し受け止めて、そうしたズレを「笑い飛ばし」つつ深く対話し、ある時は他者に配慮して沈黙を守ることができるような「和解文化」が必要である。

補註:本文は『時の法令』に掲載されたものであり、掲載された文章との間には、微妙な校正上のずれがある場合がある。

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