ニューズレター・エッセイ

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和解学に関連するニューズレター・エッセイをご紹介します。

2024アッシジ

和解:歴史と感情の向き合い方

曲 揚

2024年7月

中国魯東大学区域国別学院 講師

この度、早稲田大学和解学プロジェクトの皆さんと共に、イエナ大学和解学センターの11周年記念大会およびIARSの第五回大会に参加し、ドイツとイタリアを訪れる機会を得た。この研修を通じて、様々な研究者との交流や多様な視点に触れ、自己の限界を超える貴重な経験を積むことができた。

報告について

IARS大会では、「日中戦争期の宣伝、文学と郷愁」をテーマに発表しました。日中両国は古くから密接な関係を築いてきましたが、その関係は複雑で、様々な問題を内包している。日中両国の相互印象は単一的ではなく、複数の要素が絡み合っており、特に近代の戦争に関しては、両国間で警戒心が顕著に現れる傾向がある。つまり、日中間における戦争認識は未解決のまま、齟齬を生じ続けているのである。

このような齟齬が生じる原因を明らかにするため、私は日中戦争期(1937年~1945年)に焦点を当て、日本の対中国宣伝活動を分析した。戦時下の日本では、文学が戦争動員の手段として重視され、国家宣伝の一環として用いられた。特に、ノスタルジックな表現が文学作品に顕著に現れており、これは国家による文化的アイデンティティの強化に寄与するものであった。「ふるさと」という概念を用いて、国民が共有するアイデンティティを強めるプロパガンダが展開されたのであった。今回の発表では、このような背景を踏まえ、中国に対する日本の宣伝活動がどのように行われたのか、当時の占領区で発行された中国語新聞雑誌を分析し、文学がどのようにプロパガンダとして利用されたのかを明らかにした。

イエナセミナーとIARS大会の収穫

これまで私は日中間の研究を中心に取り組んできたが、今回のセミナーと大会では、和解の概念が異なる文脈でどのように議論されているのかを学んだ。特に、様々な国籍・背景を持つ研究者たちとの直接対話を通して、視点の違いや和解の多様なアプローチに気づかされた。これにより、私自身の研究に新たな視点を加えることができた。

特に、Moral injuryやPTSD・トラウマ問題に関する報告を聞いた際、東アジアにおける戦争に対する歴史認識の葛藤に、各国の集団的なトラウマが影響を与えているのではないかと感じた。また、言論NPOが行った日中共同世論調査では、日本の民衆の中国に対する良くない印象の原因の一つとして、中国が戦争認識に対して敏感に反応し、炎上する動きが挙げられている。これはまさに、近代の戦争が中国にとって深いトラウマを残していることを示しており、さらに、中国が「復興」や「強盛」への固執を見せる姿勢も、そのトラウマから来ているのではないかと考えている。しかし、このようなトラウマが存在することは、中国側ではしばしば否認される傾向がある。その理由として、中国が侵略者に対抗する「正義の戦争」を行ったという認識があり、そのためMoral injuryやPTSDといったトラウマ問題が存在するはずがないとされるのである。こうした背景が、日中間の理解をさらに難しくしている要因の一つであると感じた。

これらの問題を理解するためには、日中間の関係だけに視野を狭めるのではなく、そこから脱して、世界的な視点から問題を捉えることが重要だと感じた。世界各地での歴史認識や和解の取り組みを参照することで、新たなアプローチや解決策が見えてくるかもしれない。

研修から得た和解への思考

ドイツとイタリアを訪れた経験を通じて、理論と実践の結びつき、人と人との交流の重要性を再認識した。特に、ドイツでの歴史的背景を踏まえた和解の取り組みや、人々との直接的な出会いが、私の和解への理解を深めた。

まず、ブーヘンヴァルト強制収容所の訪問は、私に歴史と戦争の記憶に対する向き合い方について考え直すことを促した。ブーヘンヴァルトは非常に穏やかな雰囲気で、過度な写真や復元展示はなかったが、そこには静かな力が感じられる。かつて、多くの人々が鉄の門を通って、ここに入った。一部の人は生還したが、そこで何が起こったのかを語ることを許されず、他の人は永遠にここに留まることを強いられた。今では、かつての苦しみの地には白いクローバーの花が咲き、よく探せば四つ葉のクローバーを見つけることもできるでしょう。過去から吹きつける歴史の風は、涙を誘いつつも温かく穏やかであった。ブーヘンヴァルトは静かにそこに佇み、過去の悲劇に対して煽情的な説明や訴求はなく、その歴史をどう受け止めるか、和解するかどうかの選択を訪問者一人ひとりに委ねている。この静けさこそ、より深く人々の心に訴えかけ、思考を促す力を持っているように感じた。

また、この研修を通じて、世界の多様性や違いを理解することの重要性を再認識した。異なる文化や視点に触れることで、学術研究への新鮮な視点と敬意を保つことができる。特に人文社会科学の分野において、私たちは自分自身の視野が狭くならないよう常に注意を払う必要がある。自己の内面だけでなく、外の世界を知った上で自分を再認識することが大切だと思う。「万巻の書を読み、万里の道を行く」という言葉がありますが、多くの本を読むだけでなく、実際に自分の目で見て、体験することがいかに重要であるかを改めて実感した。理論の構築も重要だが、実際に人と会い、交流することで初めて得られる深い理解がある。

私たちはそれぞれ異なる経験を持ち、異なる道を歩んでいるが、それでも同じような悩みや感情を抱えていることに気づいた。和解という概念は、単に集団や地域、国家、世界の問題ではなく、個人と個人、そして自分自身との和解にも関わっている。

今回のプロジェクトで得た経験と学びを糧に、今後の研究に取り組んでいきたい。特に、和解というテーマを日中関係だけでなく、より広い視野で捉え直し、国際的な視点から再構築していきたいと考えている。

今回の研修を通じて、参加者の皆さんと共に報告や研究の議論を交わし、ヨーロッパの美しい町々を歩き、博物館や教会で歴史に触れ、美味しい食べ物を分かち合い、お互いの経験と悩みを話し合うことができました。この共に過ごした時間は、私の心に大きな励ましと温かさをもたらしてくれました。参加者の皆さんと先生方に、心から感謝の気持ちを伝えたいと思います。これからも、このかけがえのない経験を胸に、共に研究を深めていくことを願っております。

この貴重な研修の機会を与えてくださった浅野先生、またサポートしてくださった方々にも、心より感謝申し上げます。この旅で得た思い出は、いつまでも大切にしていきたいと思います。