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アジア民主化の延長にある我々と世界ー和解学の視点から

和解学は、冷戦時の平和学、冷戦後の紛争解決学の延長に、それを国際関係学・社会学的ナショナリズム研究や規範研究とも接合させて、歴史記憶と普遍的正義、そして感情の絡まる紛争に対して、学際的アプローチを可能とする枠組みを構築せんとするもので、対応するフィールドワークや歴史・実証研究も行っている。現在、国際和解学会はドイツを本部に昨年八月に設立されているし、日本でも、文科省の新領域という大型科研費を得て、和解学の創成プロジェクトが二〇一七年から開始されている。

この五年間だけでも世界は大きく変わった。トランプ政権の盛衰、イギリスにおけるEUからの決別、そして悪化する米中関係と日韓関係、名前を挙げるだけで十分であろう。こうした問題には既存学問モデルをあてはめるだけの発想法では解決できない。主権と国民国家が発祥した欧米でもポピュリズムと呼ばれる大衆ナショナリズムが興隆し国内は人種と正義の問題で分裂している。

思い返せば一九九〇年前後のバブル崩壊の時代も、経済発展中心から、何を政治や外交の基軸としていくのかが問われた時代があった(岩波の安全保障シリーズの中の、朝鮮半島編に拙論あり)。二一世紀の日本を考える懇談会が宮沢政権で開かれた結果、「国際貢献国家として今後発展していくためには、アジアの人々からの加害の責任に向き合わなければならない」旨の答申が出され、保守と革新が力を合わせて、アジア女性基金設立や村山声明に至る一連の流れが作り出されたのである。

ちょうどこの頃、時を同じくして南米で始まった民主化の流れは、韓国や台湾にも及んで、権威主義体制のもとで苦しんできた民衆が直接声を上げるようになった。独裁体制が放置した被害者の中に、実は日本の植民地時代末期の総動員体制に組み込まれながら、ほとんど何の補償もないままに放置され、開発・発展からも取り残され、ひっそりと社会の片隅で苦しんでいた被害者がいた。

彼らはアジアが民主化した時代、人権や自由の意味を具体的に伝える象徴となった。また、被害者がなぜ生まれ、放置されてきたのか、「歴史解釈権」の争奪が民主化の争点となった。民主化運動を支えた民衆中心の歴史解釈は既存の体制がいかに非民主的であり「軍事」優先であるのか、いかにそうした体制は生まれ、アメリカや日本から国際的に支えられてきたのかを示し、民衆を政治の主人公として目覚めさせた。台湾における二二八事件、および韓国における光州事件、済州島四三事件、そして第二次大戦時の慰安婦と徴用工、これらの被害者が、体制刷新と民主化を歴史の記憶と結ぶシンボルとなった。

さらにこの問題は、それぞれの国内にとどまらず、それまでの権威主義体制が日本と結んでいた経済優先の関係やその法的基盤、政府や条約の正統性にまで拡大していった。こうした民主化の延長に現代日本の嫌韓感情もある。中国台頭によるパワーと国益の変化、経済発展深化とも相まって、東アジア情勢は一層複雑になっている。

こうした状況下、国内政治と国際政治という二つのレベルをまたいで思考するための理論的な基盤と、実証研究とが、和解学に求められているのである。

国内政治と国際政治にまたがった議論を、「感情」や「記憶」(次回に述べる)も射程に入れて展開していくための知的なインフラ基盤構築の一環として、ウェブサイトに東アジア歴史紛争和解事典も構築中である。また、本プロジェクトの呼びかけに応えてくれた学生たちとともにアジア国際和解映画祭をこの七月に企画している。この映画祭における「和解」とは、「激しい対立、妥協、そしてその先にある何ものか」であり、中身は応募者の自由な発想に委ねられている。また前述の国際和解学会第二回世界大会も、ドイツのイェナ大学とアメリカのジョージメーソン大学、そして本プロジェクトが中心となって今年八月に東京を中心に企画されている。ぜひウェブサイトで参照いただきたい(https://reconciliation.w.waseda.jp)。

学問の世界が知的基盤を提供するにせよ、それだけでは、感情・記憶と正義が融合した問題には対処できない。映画祭やウェブ事典で、最先端の学問的成果を世の中にわかりやすく発信したいと考える所以である。賛同いただける方は、ぜひ設置された研究所への協力を賜りたい。

「妥協」は国益やパワーの取引にすぎない。「和解」は交渉する主体そのものを、双方向的に、しかも無意識のうちに変容させる。深い対話の中で、気づいたらお互いに変わっていたというような体験が、社会に共有されていく仕組みをアジア地域全体で、対話の作法や理論化をベースに制度化していく先駆けとなって参りたい。

補註:本文は『時の法令』に掲載されたものであり、掲載された文章との間には、微妙な校正上のずれがある場合がある。

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