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和解学と体制移行ー移行期正義論

世界中の政治体制を、絶対君主制、立憲君主制、貴族制、民主制、などに分類することは古来から行われて比較政治学の関心となってきた。今や被統治者一般に責任を負う自由民主制が国際的標準として認知されている。政治体制はいかに変動するのかという研究を超えて、近年は、独裁から民主への体制移行後の社会を対象に、民主政府が独裁体制時代の被害者の名誉回復、犠牲者の救済、社会の亀裂修復にいかに向き合っているのかを焦点に、移行期正義論という学問分野が急速に台頭している。

国内の政治体制の変化は、国際秩序にも大きな影響を与える。それを象徴するのが、こうした問題に国連が積極的に関わろうとしている態度である。二〇〇四年、ガーナ出身の国連アナン事務総長(当時)は、世界的な民主化現象を念頭にしながら、体制移行後における正義回復の問題が国際的な関心事であるとして、「移行期正義」概念を定義すると同時に、国連がこれに積極的に関与していくべきことを事務総長の立場で声明している。

移行期正義とは、過去における大規模な虐殺や虐待という負の遺産を引きずった社会が、社会全体のレベルでそれに関わろうとする際のプロセスであり、メカニズムである。それは説明責任に応えながら、正義に奉仕すると同時に和解を達成せんとするためのものである。具体的なプロセスには、司法と非司法、両方のメカニズムが含まれる。それは検察による公訴、真実を知る権利を促進する仕組み作り、賠償金の支払、制度的改革と国家的協議の場の設置などから構成さ。

念頭に置かれていたのは、第三の波と呼ばれる民主化が一九七〇年代から開始された南米であり、また、一九八六年のフィリピン革命以後のアジアの民主化であり、さらに、一九八九年以後の東欧のそれであった。権威主義体制のもとで、言論の自由は沈黙させられ、政治参加を求める民衆運動は激しい弾圧にさらされてきた。そうした時代に行われた不当逮捕・拷問・虐殺などの政治犯罪の被害者を抱える国連加盟国を念頭に、国連として司法と政治に絡まった議論の存在への注目の必要性を喚起したのである。

これをみてもアジアの民主化の余震が移行期正義論の国際関係へのインパクトとして現代に続いていることがわかる。日本のテレビが一九八〇年代に取り上げた韓国のデモや選挙の風景は、単なるお茶の間を飾った昔のテレビのシーンではない。言うに言えない思いを抱え、社会の片隅で生きてきた「被害者」は、今や、言いたいことを思いっきり言える自由と、そうした人々の声に応えて政府が組織される「民主化」の代表であり、国民的な共感の対象となり国連も同情を持って見つめている。日本社会に例えれば、戦争体験を戦後の民主化や平和という価値に結びつけようとする被爆者に相当するであろう。

アナン事務総長が「正義に奉仕すると同時に和解を達成する」として両面を強調していたように、移行期正義は正義の追求だけを主張してはない。民主政府としての被害者救済と、その過去の名誉回復は、比較政治学的な良い国づくり、国内政治の問題であるが、「国民的共感」は不可欠であり、新しい民主的国づくりを目指した国内の和解の枠組みがあってこそ、被害者救済は機能する。

しかし、韓国内の移行期正義の問題が日韓関係を揺さぶる問題となるのは、ネーション対ネーションの関係、前回の概念を使えば「国民的和解」という問題が、政府間和解とは別の問題として存在し、国づくりに必要な国民的共感のあり方が異なるからである。その異質性を認識できないと、国民的次元の和解は難しい。いかなる現代人も各々が所属するネーションごとに、共有される記憶や価値のフィルターを持っている。「正義」という価値が普遍的側面のみならず、各国民的記憶と切り離し得ない側面を含む多層的であることが意識されないため、議論は空回りをする。政策決定者にとっては政府間和解で結論は出ていると言うことになり、他方でメディアや市民のレベルでは「普遍」的正義を受け入れない嘆きと、自国政府への同調で世論は、両極に分かれることになる。

国民のモラル自体を構成する多層的な価値や記憶、そして国民形成の断層が実は日韓に存在することに目を向けないと、国民的モラルが政治化している事態に対処できず、人格とモラルをめぐる非難合戦になる。頭を覚ますべく移行期正義論のみならず和解学が必要なである。

(注) Overview of UN Secretary-General report,UN Doc S/2004/616 (2004) 補註:本文は『時の法令』に掲載されたものであり、掲載された文章との間には、微妙な校正上のずれがある場合がある。

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