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歴史としての民主日本ー中国政策の起源とライシャワー提言

今回は、和解学がどのような歴史の延長にあるのかを示すため、民主主義と記憶の共有を軸に、戦後日本に定着した民主主義をアメリカの対アジア政策に活用することを訴えた、元米国日本大使であり、ハーバード大学のイェンチン研究所(現在筆者はそこに所属)元所長・元日本研究所長のエドウィン・ライシャワーの主張を紹介したい。

ライシャワーは、宣教師で東京女子大学創設を主導した父のもと一九一〇年に日本で生まれた。大正デモクラシー的な時代の息吹を浴びながら、今もあるアメリカンスクールを舞台に、野球やテニス、そしてボーイスカウトをした。関東大震災の際には、一三歳でありながら、東京から避難民が押し寄せる軽井沢駅で、乳飲み子を抱える母親に牛乳を手渡す救済活動をするなど、広く庶民と交わった。軽井沢を拠点に、長野から群馬の山という山を踏破したし、東京女子大内への自宅に戻る途中では、運動後に腹ペコとなって、ニッケルのお皿に盛られた、かけうどんをすすった。小学生の頃は、ちんちん電車が団子状態の際に前車両に走って飛び乗ったという。

一九二七年に、日本での自由な時代を謳歌した記憶を抱いて一七歳でアメリカに帰国。オバリン大学(桜美林大学の姉妹校)をへて、ハーバードに進み、エリセイエフという亡命ロシア人で、かつて夏目漱石門下で文学を志した人物の影響下に、日本研究を開始していった。ボーイスカウト設立者の後藤新平とも縁の深い前田多門の息子と知り合ったのも、エリセイエフがかつていたパリであった。そもそも後藤と縁の深い長尾半平や新渡戸稲造は、東京女子大の設立関係者であった。結婚後シベリア鉄道で東京に戻り日本人僧の中国留学日記を研究した。

民主と国際協調の人脈の上に、彼の青春があったからこそ、戦争の時代には激しく軍国日本を非難し、アメリカ軍将校への日本語教育にあたり、国務省での政策立案にも関わった。自由な青春を謳歌した東京が焼き払われた体験や、パリ・モスクワ・朝鮮・東京を鉄道で横断し、一九三〇年代に満洲・朝鮮を経て、大陸膨張と言論抑圧で重苦しい東京に戻った記憶が、帝国であった日本の軍国化を憎み、民主主義復活に期待する感情を生み出した。

戦後日本への「帰国」をした一九五五年、当時は少数意見であったが、ライシャワーが提言したアメリカの対アジア政策こそ、日本に軍事的な負担を強いるのではなく、日本の復活した民主主義を、自由な言論と大衆に基盤を置く社会の見本として、独立したアジアに示すことであった。日本の技術力・経済力を動員して、中国や韓国で、西欧と対等な国づくりを目指すナショナリズムを支援し、日本の知的資源を活用しながら、日米でアジアを「近代化」(前回号参照)させる哲学を生み出すべしとした。

その提言の出発点となったのが、一九五六年八月二六日にニューヨークタイムズに寄稿した論説と、毎日新聞への投稿であった。戦後日本が「アジアの文化的環境と経済レベルにおいても、民主主義がうまく機能することを生きて示した」ことは、アジア冷戦の「最も重要な心理的財産」であった。だからこそ、日本人は、世界の諸問題の解決をアメリカに委ねるべきではなかった。「知的誠実さと大胆さ」をもって、「アジアを軽視する俗物的な態度を捨て、隣国の心理や感情問題にもっと注意を払わなければならい」。また、アジアの側も日本を対米従属国にすぎないと無視してはならないとしたのであった。

その提言の延長線上に一九六五年の日韓国交正常化があり、一九七二年の米中・日中正常化、八〇年代末期から九〇年代初頭にかけての韓国・台湾の民主化、そして中国に対する関与(国際社会へのエンゲージメント)政策があったといえる。また、この提言がついに実現したのが、一九七二年の米中正常化であった。軍事優先の封じ込めから、経済を手段とする関与政策に転換したのである。その原点には経済に加え、心理的感情的側面から、民主という価値をとらえ支援しべしとする主張があった。大使への任命も日本の国民感情理解能力ゆえであった。

こうした大戦後の米アジア政策と日米アジア関係の大枠が行き詰まっているのが、現代なのである。民主化した状況下での日韓間の歴史問題の勃発と、それと連動・並行した、中国の民主体制へのエンゲージ放棄と軍事的対決への逆行は、新たな「知的大胆さ」に基づいて、国民という集団の持つ魔力・想像力を解剖し、民主や人権という普遍的価値が、いかに国民的記憶と共鳴し、衝突するのか、感情という要素を交えた新たな学問と、市民としての成熟を求めているように思われてならない。

補註:本文は『時の法令』に掲載されたものであり、掲載された文章との間には、微妙な校正上のずれがある場合がある。

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