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CIES 2026―分断された世界における教育と平和を再考する

黒田 一雄

2026年5月11日

早稲田大学 国際学術院 大学院アジア太平洋研究科 教授

2026年3月28日から4月1日まで、米国サンフランシスコにおいて、比較国際教育学会(Comparative and International Education Society: CIES・本部ビッツバーグ・会員数約5000名)の第70回年次大会が、世界中から結集した約3000名の会員の参加を得て開催されました。大会テーマは、“Re-examining Education and Peace in a Divided World”(分断された世界における教育と平和の再検討)でした。私はCIESのPresident-Elect(次期会長)として、また本大会の実行責任者として、この記念すべき大会を企画・運営する機会をいただきました。

このテーマは、偶然に選んだものではありません。私自身が国際関係学の独立大学院に所属する教育学研究者であるというユニークな状況の中で、長年いだいてきた問題意識に基づくものであり、同時に、こちらの国際和解学プロジェクトに参加させていただく中で得てきた多くの学びに深く結びついています。また、学会創設70周年の節目を迎えるにあたり、この学問分野が原初的・歴史的に取り組んできた平和の問題に立ち返るという思いもありました。その意味で、CIES 2026は、比較国際教育学分野の国際学会であると同時に、教育が平和と和解に対してどのような可能性と限界を持つのかを改めて考える貴重な場でもありました。

今日の世界は、武力紛争、政治的分断、歴史認識をめぐる対立、社会的不平等、移民・難民問題、そして社会における信頼の低下など、複合的な分断に直面しています。このような状況において、教育と平和の関係は、もはや理念的・象徴的な課題にとどまりません。それは、我々教育学研究者だけではなく、全ての教育に携わる人々にとって、学術的にも倫理的にも実践的にも、極めて切実な問いとなっています。教育はしばしば、相互理解・対話・社会的結束を育む力として期待されてきました。しかし同時に、教育は排除を再生産し、偏狭なナショナリズムを強化し、分断を深めることもあります。この教育の二面性を直視することが、CIES 2026の中心的な問題意識の一つでした。

したがって、本大会は単に「教育は平和に貢献する」という理念を確認する場ではありませんでした。むしろ、教育がどのようなメカニズムを通じて平和に貢献しうるのか、どのような条件のもとで失敗するのか、そして教育が和解を支えるためにはどのような知識、政策、実践が必要なのかを批判的に検討することを目指しました。この視点は、教育が人々の記憶・価値・感情・アイデンティティの形成に深く関わる営みであることに注目する、国際和解学プロジェクト国際教育班の問題意識とも強く響き合うものでした。

私にとって特に重要であったのは、会議の初日に、日本比較教育学会との共催で実施したPresidential Invited Symposium “International Education as Preventive Diplomacy for Peace”(平和のための予防外交としての国際教育)でした。このシンポジウムでは、国際教育局、ユネスコ、フルブライト・プログラムなどの歴史にさかのぼりながら、国際教育がいかにして国際関係を人間化し、平和への貢献を志向してきたのかを振り返りました。同時に、国際教育を単なる理念としてではなく、紛争を予防し、信頼を構築するための具体的な「予防外交」の一形態として位置づけることができるのかを問い直しました。

この議論を通じて改めて実感したのは、国際教育の平和への貢献を語るためには、理念だけでは不十分だということです。国際教育交流・国際教育協力・大学間ネットワーク・知識外交・教育のグローバルガバナンスなどが、どのような条件のもとで相互理解や信頼形成ひいては平和の達成・維持につながるのかを、理論的にも実証的にもより精緻に検討していく必要があります。これは、国際教育を和解と平和構築の観点から再考しようとする国際和解学プロジェクトの課題とも密接に関わっています。

大会全体を通じても、教育と平和に関する多くの重要な議論が展開されました。香港大学教授のMark Bray先生によるKneller Lecture “Comparative and International Education to Promote Understanding and Peace: Maintaining Aspirations despite Challenges”では、CIESやユネスコを含む比較国際教育学の学術共同体が、国際理解と平和にどのように貢献してきたのか、またその限界と課題は何かが論じられました。また、サンフランシスコ大学教授のMonisha Bajaj先生によるKeynote Address “Peace Education in Precarious Times”では、平和教育が暴力・不平等・人権・社会正義といった課題と切り離せないものであることが力強く示されました。これらの講演は、平和教育が単なる「調和」や「善意」の教育ではなく、構造的不正義や困難な歴史に向き合う教育であることを、改めて私たちに問いかけるものでした。

CIES 2026のロゴには、国際和解学プロジェクトの一員であるRita Najeer-Ikedaさんのお嬢さんの池田ソフィアさんがデザインした折り鶴が用いられました。折り鶴は、被爆者の平和への祈りを象徴するものであり、大会のテーマと深く結びついていました。また、会場にはPeace Activity Boothが設けられ、参加者が折り鶴を折りながら、平和について静かに考える場となりました。忙しい国際会議の中で、このような身体的で内省的な活動が行われたことは、平和が単に議論されるべき概念ではなく、記憶し、学び、共有されるべき実践であることを示していたように思います。

今回のCIES 2026には、国際和解学プロジェクトに関わる多くの方々にもご参加いただきました。発表、討論、セッション運営、そしてさまざまな交流を通じて、国際和解学研究の視点が比較国際教育学の議論の中に豊かに持ち込まれたことを大変うれしく思っています。特に、国際和解学プロジェクトから参加された日本・アジアの若手研究者や学生の皆さんの活躍は、比較国際教育と和解をめぐる議論を次世代へとつなぐ重要な契機になったと感じています。

個人的にも、CIES 2026は私の研究者人生において最も忘れがたい経験の一つとなりました。大規模な国際学会を企画・運営することは大きな責任であり、不安も少なくありませんでした。しかし、Ritaさんをはじめ、多くの同僚、学生、関係者の支えによって大会を無事に終えることができました。そして何よりも、世界各地から集まった研究者、実践者、学生の皆さんが、教育と平和の関係を真剣に議論している姿に、大きな励ましを受けました。分断された世界においても、学術共同体は対話と相互支援の場となりうるのだということを実感しました。

CIES 2026を通じて、私は、教育と平和の研究は、今後ますます国際和解研究の枠組みの中で深めていく必要があると確信しました。教育政策や制度だけでなく、記憶・アイデンティティ・感情・正義そして紛争や分断の中で生きる人々の経験に目を向ける必要があります。また、理論と実践、学術研究と政策、国際的議論と地域社会の経験を結びつけることも重要です。教育だけで平和を実現することはできません。しかし、知識・関係性・価値・想像力を育む営みとしての教育なしに、持続可能な平和と和解を構想することもまた難しいのではないでしょうか。

最後に、本学会への国際和解学プロジェクトから参加し大会運営を助けてくれたRita Nazeer-Ikedaさん、Jasmine Ryuさん、Lauren Nakasatoさん、Chau Caoさん、Nguyen Viet Duさん、池上慶徳さん、Li Naixinさん、Huijia Tehさん、Pham Huongさん、そして彼らの参加を支援してくださった浅野豊美先生、川口博子先生に、心より感謝申し上げます。

CIES 2026のテーマは、この国際和解学プロジェクトを通じて育まれた知的環境から大きな示唆を得たものでした。サンフランシスコで始まった教育・平和・和解をめぐる対話が、今後の国際和解学プロジェクトの中でさらに発展していくことを願っています。