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朝鮮半島統一放棄の思想的背景

2026年4月29日

宮本 悟(聖学院大学)

朝鮮半島における「二つの国家」

朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)は、1948年の建国以降、一貫して朝鮮半島の統一を国家的課題として掲げてきた。しかし、2023年12月26日から30日に開催された朝鮮労働党第8期第9回総会拡大会議において、最高指導者である金正恩は、「北南関係は、これ以上、同族関係、同質関係ではない敵対的な両国関係、戦争中にある両交戦国関係」と明言し、従来の統一方針からの決定的な転換を公式に表明した[1]。

従来、南北朝鮮は1991年12月に締結された南北基本合意書において、統一を志向する過程において暫定的に形成された特殊な関係とお互いの関係を位置づけ、国家対国家関係であることを相互に否認してきた。この枠組みにおいては、分断はあくまで一時的・過渡的な状態として理解されていた。しかし、朝鮮労働党が南北関係を明確に国家間関係として再定義し、しかもそれを敵対的関係として法制化したことにより、この合意の前提は根底から覆された。

金正恩は、2024年1月15日に開催された最高人民会議における施政演説においても、「朝鮮半島に並存する2つの国家を認めたことに基づいて、わが共和国の対南政策を新しく法制化した。…北南関係がこれ以上同族関係、同質関係ではない敵対的な2国家関係、戦争中にある完全な2つの交戦国関係である」と規定した[2]。この発言は、統一理念自体を北朝鮮の国家構想から制度的に切り離す決定を意味している。

統一放棄の思想的背景

北朝鮮が韓国を別個の国家として措定し、統一そのものを放棄するに至った要因については、韓国内を中心に、韓流文化の浸透による体制動揺への警戒が指摘されることがある。しかし、韓流文化の流入は既に20年以上前から北朝鮮で社会問題として認識されており、これをもって直ちに体制存立の危機と結び付けることは困難である。また、統一を放棄したところで、韓流文化の流入が遮断できるわけでもなく、この説明は説得力を欠く。

むしろ本質的なのは、北朝鮮が統一放棄後においても、韓国を対等な主権国家として認知していない点にある。北朝鮮の世界観において、韓国は依然として「アメリカ帝国主義の傀儡国家」と位置づけられている。この認識は、ウクライナに対する評価とも共通しており、北朝鮮における反帝国主義的な世界観の具体的な表出と理解できる。

これに対し、北朝鮮は自らを帝国主義から完全に自立した「自主独立国家」として自己規定している。この自己認識に照らせば、北朝鮮と韓国との関係は、自主独立国家と傀儡の非対称的関係であり、たとえ形式上、国家間関係と表現されたとしても、対等性は思想的に想定されていない。したがって、北朝鮮における統一放棄は、反帝国主義思想と自主独立国家としてのアイデンティティを防衛するための論理的帰結と位置づけることができる。

北朝鮮の歴史認識において、韓国政府は建国以来一貫してアメリカ帝国主義の傀儡としての存在であった。1980年に提起された高麗民主連邦共和国構想に至るまで、北朝鮮にとって統一とは、南朝鮮を帝国主義支配から解放する革命的課題であった。この連邦制構想においては、北朝鮮政府と韓国政府が並立する枠組みが想定されていたが、それは自主独立国家と傀儡国家が一時的に共存する状態を意味し、北朝鮮の自己同一性を理論的に不安定化させる要素を内包していた。ただし、在韓米軍撤収を通じて最終的に両者を自主独立国家へ転化させる構想でもあった。

しかし、統一そのものを放棄することによって、北朝鮮は自主独立国家としての自己規定を貫徹することが可能となる。すなわち、傀儡国家との統合を拒絶することは、北朝鮮が帝国主義から完全に自立した存在であることを対内的・対外的に確証する行為に他ならない。この結果、韓国がなお帝国主義的支配構造の内部に位置づけられる一方で、北朝鮮のみが真の自主独立国家として自己規定される構図が確立するのである。

統一放棄はいつ決定されたのか

では、朝鮮労働党指導部において統一放棄はいつ決定されたのであろうか。党政治局をはじめとする中枢機関における意思決定は、2023年12月初旬に行われた可能性が高い。その判断材料として注目されるのが、北朝鮮の公的文書における≪大韓民国≫表記の変化である。

北朝鮮では従来、韓国の統治領域を南朝鮮と称することが通例であり、大韓民国という呼称は、使用される場合であっても二重鉤括弧付きの≪大韓民国≫として、皮肉と否定の含意を伴って用いられてきた。『労働新聞』2014年5月14日付記事にある「われわれはもともと事大と売国に明け暮れたせいで、列強の角逐の場として乱れ、衰退・没落していた朝鮮封建王朝時代末期の国号をそのまま真似た≪大韓民国≫という南朝鮮をただ一度も主権国家の姿を整えた正常な国と認めたことがない」というのは、その典型例である[3]。

これに対し、二重鉤括弧を伴わない大韓民国という表記は、北朝鮮が韓国を一つの国家として認知したことを示唆する。この用例が初めて確認されるのは、2023年12月2日付の北朝鮮外務省スポークスマン談話においてであり、「日本、大韓民国、オーストラリアなどの追従勢力」という表現であった[4]。

その前日である12月1日には、金正恩も出席する朝鮮労働党中央委員会第8期第17次政治局会議が開催されていた[5]。公式報道において統一問題が直接言及された形跡はないものの、この頃に韓国を別個の国家と位置づける方針が朝鮮労働党の中枢で了承されたと推測できよう。いずれにせよ、統一放棄が公式に明らかにされたのは、同月下旬の党中央委員会第8期第9回総会拡大会議であった。

これからの展望

いったん党と国家機関において決定された政策である以上、金正恩政権下において北朝鮮が再び統一政策へ回帰する可能性は著しく低い。北朝鮮と韓国の対話の展望も同様に絶望的である。実際、金正恩は2025年9月21日の最高人民会議において「われわれは韓国と会うことがなく、どんなことも共にしないでしょう。一切相手にしないということを明らかにします」と断言している[6]。この立場は第9回党大会において再確認され、「朝鮮民主主義人民共和国は、最も敵対的な実体である大韓民国と相談することが全くなく、韓国を同族という範疇から永遠に排除するであろう」との方針が明示された[7]。

北朝鮮にとって、傀儡と同一の枠組みに包摂されることは、自主独立国家としての存在根拠を否定されるに等しい。そのような傀儡と対話や共存を模索する必要自体が否定されている点に、北朝鮮が韓国を遠ざけたいと強く願っていることは間違いない。

また、北朝鮮では、韓国人は同じ民族ではなく、最も敵対的な存在ということから、和解する対象ではないと認識していることは間違いないだろう。民族が「創造の共同体」である以上、北朝鮮人が韓国人を異なる民族と認識することは十分にあり得ることである。

同じ民族と考えられていたのに別の民族になっていくのは、まるでロシア人とウクライナ人の関係のようである。ロシア人とウクライナ人は同じ東スラブ人であり、言語もかなり共通していて兄弟の関係と言われてきた。しかし、ウクライナ戦争が勃発した後のウクライナ人は、ロシア人を別民族として強く認識しているであろう。もしかしたらウクライナ戦争の勃発によって、北朝鮮では韓国人を別民族と強く認識するようになったのかもしれない。北朝鮮と韓国も朝鮮戦争で存亡をかけて戦った関係である。北朝鮮人が韓国人を別民族と考えるのは時間の問題だったと思われる。もちろん、これは韓国人も同じであって、韓国でも若い世代になればなるほど、北朝鮮人は別の民族であり、北朝鮮は別の国家であるという認識が強くなっている[8]。

ただ、別の民族、別の国家と認識することが戦争の危険を高めるのかというとそうとも言い切れない。北朝鮮が統一を放棄したことが、韓国に対して攻撃的であるというわけではないからだ。統一を放棄したことは、韓国を武力統一しないという意味でもある。むしろ統一を放棄しない韓国が北朝鮮に攻撃的ということになる。中国と台湾の関係を例にすれば分かるだろう。中国が「台湾は中国の領土の不可分の一部である」と言っていることが台湾に対して攻撃的であるとすれば、統一を放棄しない韓国の方が北朝鮮に対して攻撃的ということが理解できよう。

韓国でも若い世代が北朝鮮を別民族であり、別国家という認識が高くなっている以上は、いずれ韓国政府も統一を放棄する方向に動いていくことになるのであろう。韓国が統一を放棄すれば、むしろ北朝鮮と韓国が対話できるようになるのかも知れない。または、韓国が北朝鮮と同様にアメリカと対立することになれば、北朝鮮も韓国との対話に動くのかもしれない。いずれにせよ、北朝鮮と韓国が対話できるようになっても、統一はもはやあり得ないと考えてもよかろう。

[1]: 『労働新聞』2023年12月31日。

[2]: 『労働新聞』2024年1月16日。

[3]: 『労働新聞』2014年5月14日。

[4]: 『労働新聞』2023年12月3日。

[5]: 『労働新聞』2023年12月2日。

[6]: 『労働新聞』2025年9月22日、http://www.rodong.rep.kp/ko/index.php?MTJAMjAyNS0wOS0yMi0wMTZAMTVAMUBAMEAyQA== (2026年4月29日アクセス)。

[7]: 『労働新聞』2026年2月26日。http://www.rodong.rep.kp/ko/index.php?MTJAMjAyNi0wMi0yNi0wMzJAMTVAMUBAMEAxQA== (2026年4月29日アクセス) 。

[8]: イ・ソヨン「[2025対北朝鮮認識調査]北朝鮮に関する認識と統一の見通し」『世論の中の世論』2025年 6月 17日、https://hrcopinion.co.kr/ja/archives/33177 (2026年4月28日アクセス)。