2025年11月中旬から下旬にかけて、アメリカ合衆国のプエルトリコおよびワシントンD.C.に出張した。本出張は、アメリカ学会(American Studies Association: ASA)2025年度大会への参加および研究報告、ならびに米国立公文書館Ⅱ(The National Archives at College Park, Maryland)における史料調査を主目的とするものである。とくに、本年1月上旬に提出した博士論文の内容を国際的な研究者に提示し、その学術的意義や課題について直接的なフィードバックを得ること、また論文執筆過程で残された史料的空白を補完することを重要な目的として位置づけていた。
学会開催地であるプエルトリコは11月でありながら最高気温が30℃前後に達し、滞在期間中は半袖で過ごすことができた。夜間にはスコールのような激しい雨が一時的に降ることもあったが、学会日程や移動に大きな支障はなかった。会場周辺にはホテル、カジノ、映画館、レストランなどが集積しており、同時期には小中高生を対象としたバスケットボール大会も開催されていたため、多様な人々で賑わいを見せていた。こうした環境のなか、学会会場全体は終始活気に満ち、活発な議論が交わされていた。
私は、11月22日最終日の午前9時45分から11時15分にかけて開催された分科会において研究報告を行った。当該セッションのテーマは「戦後の人種的自由主義:ミシシッピから沖縄まで(Postwar Racial Liberalism from Mississippi to Okinawa)」であり、アメリカ国内とその周縁地域を横断する視点から、戦後秩序と人種・権力の関係を再考することを目的としたものであった。登壇者は私のほか、アメリカの大学に所属する加藤慶氏、玉井美香氏、阿部啓氏の計4名であり、司会はスペルマン大学のパトリシア・ヴェンチュラ(Patricia Ventura)教授、コメンテーターはカリフォルニア大学デービス校のジュリー・ジー(Julie Sze)教授が務めた。

私の報告は「米国の核作戦計画と沖縄(U.S. Nuclear Operation Plan and Okinawa)」と題し、博士論文の中心部分を基礎に構成したものである。本報告では、従来の研究において前提とされがちであった沖縄の「軍事的有用性」という概念を、米軍の一次史料、とりわけ核作戦計画関連文書に即して再検討することを試みた。そのうえで、沖縄がいかなる条件のもとで米国の核戦略に組み込まれていったのかを、歴史的・戦略的文脈の双方から具体的に明らかにすることを目的とした。また、1972年の沖縄施政権返還に際し、沖縄から撤去された核兵器がどこへ移転されたのかという点についても、既存研究では十分に検討されてこなかった視点から新たな分析を提示した。
質疑応答では、核作戦計画の策定過程において科学者が果たした役割や、軍事専門家との関係性について質問が寄せられた。これに対し、史料上確認できる科学者・軍事技術者の関与事例を紹介しつつ、核戦略が純粋に軍事的判断のみならず、科学的知見や専門的ネットワークに支えられて構築されていた点を説明した。さらにセッション後には、米国の核戦略とアジア・太平洋地域を結びつける比較史・接続史的研究の可能性について助言を受け、今後の研究を国際的な議論へと発展させるうえで有益な示唆を得ることができた。
セッション終了後には、国際的な研究者および大学院生を対象としたレセプションにも参加した。同分科会で司会を務めたヴェンチュラ教授をはじめ、専門分野や研究段階の異なる研究者・学生と意見交換を行い、研究動向や今後の学会参加、若手研究者のキャリア形成に関する情報を得る機会となった。こうした非公式の場での交流も、国際的な研究ネットワークを構築するうえで極めて重要であり、非常に有意義であった。
また、報告日前にプエルトリコへ到着したことから、限られた時間ではあったが、世界遺産に登録されている旧市街地オールド・サンフアンを訪問した。植民地期に築かれた城塞や、色彩豊かな建物が連なる街並みは、プエルトリコが歩んできた歴史を体感的に理解する貴重な機会となった。市内交通については、バスが無料で利用できる点は利便性が高かったものの、運行の不確実性も大きく、実際にはUberやLyftといった配車サービスを併用する場面が多かった。

ワシントンD.C.近郊に位置する米国立公文書館Ⅱでは、二度目の史料調査かつ滞在期間が限られていたため、RG218(米統合参謀本部史料群)に調査対象を絞った。未公開史料も多い史料群ではあるが、公開済み文書を中心に請求・閲覧を行い、可能な限り精査した。とくに、統合参謀本部(JCS)議長であったアール・G・ウィーラー(Earl G. Wheeler)のファイルから、1960年代後半の米軍核作戦計画と沖縄基地との関係をより具体的に示す史料を入手することができ、博士論文の分析を補強する重要な成果となった。その他の関連史料についても内容を確認し、今後の研究に向けた課題整理を行った。
最後に、今回のアメリカ学会大会での海外発表および米国立公文書館Ⅱでの史料調査は、日本アメリカ学会の海外渡航奨励金ならびに国際先導研究(23K20033)の助成によって実現したものである。国際的な学術交流の場に参加し、研究を深化させる貴重な機会を与えていただいたことに対し、ここに改めて深く感謝申し上げる。本出張で得られた知見とフィードバックを踏まえ、博士論文の成果を基盤としつつ、今後の研究をさらに発展させていきたい。

