ニューズレター・エッセイ

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和解学に関連するニューズレター・エッセイをご紹介します。

海外出張/滞在報告

イェナ滞在記(2)

眞田 航

大阪大学 博士課程

Friedrich Schiller University JenaのJena Center for Reconciliation Studies(JCRS)での在外研究をはじめて5ヶ月が経過し、ちょうど秋冬学期がおわりをむかえた。到着直後から継続的に参加してきたLaura Villanueva博士による和解学セミナー、JCRSによる週一回開催の連続講演、外部から参加させてもらっている宗教教育と地理学の合同でのゼミ等がひと段落ついた。これらのセミナーを通して、学問領域をまたいでさまざまな知見を得ることができた。

とりわけVillanueva博士のセミナーでは、「和解学」というディシプリンの歴史、和解学とそれと関連する諸分野の先行研究、和解が問題となった(あるいは、いまなお問題となっている)さまざまなケースを学んだ。現在、Villanueva博士の指導のもとで、和解学に関する論文を書いており、ほとんど完成直前まで来ているが、それは上記のセミナーで学んださまざまな背景情報なしには着想することができなかったものであると言える。

ちなみに、出版前のため詳細の紹介は措くが、その論文では、以下のことを試みた。和解学においては、ある種自己反省的なしかたで、「和解」というタームが、現にそこにある構造的非対称性を覆い隠すものとならないためにはどうすればよいのかが問われている。そのことをふまえて、おもに日本を対象としてポスコロニアルな問題系に取り組んでいる日本思想史家の酒井直樹によるナショナリズム批判と、植民地主義批判・脱植民地化の観点から政治哲学を再構築しているアシル・ンベンベの「国境化」の概念を参照軸とすることで、いわゆる「第一世界」の諸国民国家によって「私たち」と「私たちではないもの」の分断が、前者による後者への排除的暴力の行使をともないながら、構築されていること――それを本論文では、ンベンベの議論に着想を得ながら「国境化」と呼んだ――、そしてその排除的暴力がいかにして正当化・免責されるのかというメカニズムを論じている。そこでは、「私たち」と「私たちではないもの」の分断の構築の想像的次元と物理的次元の双方を視野に入れることで、刺激的な議論を展開することができたのではないかと思っている。

私は、学部の卒業論文から博士取得まで西田幾多郎を中心とした近代日本哲学をおもな研究対象としてきたこともあって、日本哲学に関する論文のなかにより現代的な政治哲学・理論や批判理論、ポストコロニアル理論の観点を導入することはあっても、それらの理論を集中的に論じる論文を書いたことはなかった。それゆえ、この論文を書くことは私にとって大きな挑戦であった。しかしJCRSでの研究活動——上述のセミナー等への参加だけではなく、JCRSでの他の研究者たちとの交流や以下で述べるような学会への参加など――を経て、これまでの殻を破り、上述の論文を書くことができたと感じている。

ところで、ドイツ在住という利点を活かして、上述のようなJCRSやFriedrich Schiller University Jenaでのセミナーやイベント等だけではなく、そのほかのヨーロッパ開催の学会・イベントにも参加している。以下ではそのことについて簡単にふれたい。

今回の研究滞在ではじめて参加した学会は、2025年11月7日から9日にかけてUniversity of Viennaにおいて開催されたAnnual Conference of the Association of Social Scientific Japan Studies 2025であった。今年の大会のテーマは“(Un)Democratic Futures: Japan and the Global Trajectories towards an (Un)Equal World”であった。本学会は、おもに日本を研究対象とする社会科学に関する学会ではあるものの、そのテーマからわかるように、参加者の問題関心は狭義での「日本研究」に閉じることなく、日本をおもに論じながらも世界的な民主主義の危機を視野に入れているようであった。さらに、統計的な社会学のアプローチや実証的な歴史学のアプローチからの発表だけではなく、政治理論や社会理論などのアプローチからの発表もあり、分野を横断したディスカッションを楽しむことができた。また、それぞれの発表の主題も、たとえば日本のナショナリズムの問題やジェンダーの不平等などさまざまなものがあり、その点も非常に刺激的であった。

多くの在外研究者を悩ませる問題として、日本の学術コミュニティとのコネクションが途切れてしまうというものがある。しかし本学会は「日本研究」に関するものであるため、日本から著名な研究者のかたがたが招待されており、ヨーロッパの研究者はもちろんのこと、日本の研究者とも交流できるものとなっていた。しかも、そういったかたがたとは、日本で哲学系の学会に参加していても交流する機会がないことが多いため、日本とヨーロッパを横断した研究ネットワークの形成という点でも本学会の参加は大きな収穫となった。

もうひとつは、2026年1月20日から1月23日にかけてOslo National Academy of the Artsで開催されたArtistic Research Week 2026: Spaces to Remember – Times to Reconcileである。この学会では、世界的に著名な人類学者であるティム・インゴルドによる講演をはじめ、ガザやカイロなどで芸術と政治の実践に取り組んでいる芸術家たちによる発表、アナーキズム的な観点から難民への支援に取り組んでいる実践者たちによる発表などがあり、大きな刺激を受けた。とりわけ印象に残ったのは、最終日におこなわれたテキスタイル研究者たちによる「怒り」をめぐるパネルである。それは、怒りのもつネガティヴな側面——暴力や破壊をもたらす、など――だけではなく、そのポジティヴでクリエイティヴな側面――どのような構造的不平等が存在し、どのような問題が生じているのか、そしてどのようなニーズがあるのかを明らかにする、など――を強調するものであった。このような観点は、上述のような、「和解」というタームが構造的非対称性を覆い隠すのではないかという問題と絡み合っているように思われる。このように本学会での議論は、大きな示唆を与えてくれるものであった。

今後も、JCRSでのセミナーやイベントはもちろんのこと、それ以外の学会にも積極的に参加し、多くの知見を得ていきたいと考えている。