ニューズレター・エッセイ

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海外出張/滞在報告

映画を通じた和解教育の可能性と限界(CIES参加記)

池上 慶徳

2026年4月15日

国際基督教大学 修士課程

2026年3月28日から4月1日にかけて、アメリカ・サンフランシスコにおいて The 70th Comparative and International Education Society (CIES) Conference が開催された。本大会は、“Re-examining Education and Peace in a Divided World” というテーマのもと、同学会創立70周年を記念する節目の年として祝賀的な雰囲気に包まれながら、約二千名規模の参加者を集めて連日盛況のうちに行われた。本来、私の専門は教育ではないが、今回、国際和解学プロジェクト代表者である浅野豊美先生ならびに同プロジェクト分担者であり本学会会長の黒田一雄先生からご助言をいただき、自身の研究の射程を拡張し、新たな学術的領域との接点を模索する機会として本大会への参加を決意した。

CIES開会式の様子

私の報告タイトルは“Film as Intercultural Education for Reconciliation: the Case of Pacchigi! (2004)”であり、その名の通り、映画という文化媒体を社会教育の一形態として位置づけ、日本で大きな商業的成功を収めた映画『パッチギ!』を題材に、和解という概念について検討を行った。本作品の舞台は1968年の京都であり、恋愛、音楽、そして若者同士の衝突を中心に構成された青春映画である。しかしその背景には、いわゆる「在日コリアン」と日本社会という集団間の不協和が存在しており、個人的な関係性がやがて集団的対立へと昇華していく、もしくは集団的な対立が個人的関係を規定している青年たちの葛藤が描かれている。1960年代の青年となると、戦後直後に生まれ、植民地支配や戦争を直接経験していない世代に該当する。しかしながら、青年同士が集団として対立する構図は、記憶や感情が世代を超えて継承される現象を象徴的に示しているといえる。

研究報告の様子

本作品は2004年に公開されたが、その前後の時代状況を踏まえると、本作の公開時期は分析上きわめて興味深い意味を持つ。1990年代後半から2000年代前半にかけては、韓国における日本文化の段階的開放、日韓パートナーシップ共同宣言、日韓ワールドカップの共同開催、さらにドラマ『冬のソナタ』を契機とする韓流ブームの到来など、文化的側面において日韓関係が友好的な方向へと進展した時期であった。本作品は、まさにそのような文化的融和の潮流の中で公開されたものである。しかしながら、2010年代に入ると状況は大きく変化する。日本が周辺諸国から「右傾化」と評されるようになり、日韓関係は「史上最悪」とも称されるほどに悪化した。日本国内においても、在日コリアンに対するヘイトスピーチの顕在化が社会問題として注目されるようになった。言い換えれば、2000年代前半には在日コリアンを主題とする本作品が日本社会において受容されうる社会的土壌が存在していたにもかかわらず、その後の十年間においては、そうした受容の条件が大きく変容したかのような現象が観察される。このような歴史的文脈を踏まえるならば、本作品を分析することは、2000年代前半の日本社会における在日コリアンに対する受容のあり方を考察するうえでも、重要な意味を持つといえる。

本作品は公開当時に多くの主要な映画賞を受賞し、その後も2020年代において「2000年代の邦画ベスト10」に選出されるなど、日本人の記憶に深く刻み込まれた作品となっている。ここで一つの重要な問いが浮かび上がる。それは、いわば「帝国の遺産」とも解釈しうるテーマを扱った本作品が、なぜ長期的に日本社会において高い評価を受け続けてきたのか、という点である。一般に、大衆向けの商業映画が広く受容されるためには、各国社会において共有されている語りの枠組みに適合することが重要である。実際、コンテンツ制作に関わる実務家の指摘においても、商業映画の成功には観客が既に親しんでいる歴史的語りとの共鳴が不可欠であるとされている。日本の場合、その代表的な語りの一つは、戦争期における「受難の歴史」や「戦争の悲劇」を強調するものであり、原爆、空襲、特攻隊といった題材を扱う作品が広く受容されやすい傾向がある。これに対し、日本のいわゆる「加害的側面」を直接的に描いた作品は、一般に広範な支持を得にくいとされている。その点を踏まえるならば、「1960年代の在日コリアン」の問題という、ある意味で「帝国の遺産」とも位置づけうる主題を扱った本作品が、日本社会において広く受容されたことは、一見すると矛盾を含む現象であるともいえる。

以上の問題意識を背景として、本報告では本作品を「認識の枠組み」という観点から分析することを試みた。すなわち、1968年の京都を舞台として描かれる在日コリアンのコミュニティーと日本社会が、いかなる集団像として表象されているのかを明らかにすることを通じて、本作品が日本社会において受容された事実と、その背後にある当時の社会的認識の構造を読み解こうとした。具体的な分析においては、社会学の文脈で発展してきた「集合的記憶(collective memory)」およびポスト・コロニアル研究における「内なる他者(internal other)」を主要な分析概念として用い、さらに最終的には和解学の視点から本作品の意義と限界について検討を行った。

結論を端的に述べるならば、本作品は日本社会において「在日コリアン」という存在を可視化し、個人レベルにおける越境の可能性を提示した点に一定の意義を有している一方で、集団に対する認識の枠組みは日本社会の支配的な理解の範疇を超えることはなく、それ自体の変容を促すものとはなっていなかったといえる。まず前者の点について、本作品では、個人が集団の枠組みを越境する事例がいくつか描かれている。例えば、日本人の主人公が在日コリアンのヒロインに恋をし、幾多の葛藤を経ながら最終的に在日コリアンのコミュニティーの内部へと踏み込んでいく過程が描かれる。また、ヒロインの兄であり在日コリアンの青年集団の中心的人物が、日本人女性との間に子どもを授かる場面も提示されている。これらの描写は、たとえ集団間に不協和が存在していたとしても、個人レベルにおいては葛藤を通じて境界を越えうる可能性があることを示唆するものである。

他方で、本作品における記憶の枠組みは、在日コリアンを日本社会の内部に存在する他者、すなわち internal other として位置づける機能を果たしている。在日コリアンは、日本社会の内部に存在しながらも、日本人とは異なる歴史的経験を有する存在として描かれる。この差異は、音楽や恋愛といった個人的関係の次元において一時的に越境される場面を生み出す一方で、集団としての境界が完全に消失することはない。もしくは、一度越境すれば「他者」になることを意味する。実際、先述のヒロインと恋愛関係の主人公についても、結ばれた以降は日本社会に馴染むような描写はない。この構造は、internal other が持つ「内部に存在しながら完全には同化されない存在」という特徴と整合的である。さらに、本作品においては、日本人と在日コリアンの間で歴史的記憶が異なる経路によって伝承されていることが示唆されている。すなわち、日本社会の集合的記憶を形成する制度的枠組みの「外側」に位置づけられた記憶の流れが、日本という国家の「内側」に存在しているという状況が描かれているのである。この点において、本作品における記憶の枠組みは、在日コリアンという internal other を可視化しながらも、その差異を解消するのではなく、むしろ持続させる方向に作用していると理解することができる。

最後に、和解学の観点から本作品を位置づけてみたい。本作品の舞台は1968年の京都であり、それは1965年の日韓国交正常化の後にあたる。和解学における和解概念の三区分に照らせば、この時期においては既に「政府間和解」は成立していたと考えられる。また、先述のように作中には個々の青年たちが個人的な理解や関係性の構築を通じて一定の「和解」を見出す場面が描かれており、これらは概念的には「市民間和解」に相当するものとして位置づけることができる。しかしながら、「国民間和解」、あるいは(在日コリアンを念頭に)より広義の「集団間和解」の観点からみた場合、本作品が両集団の相互変容の過程を描いているとは言い難い。先に述べた通り、本作品においては集団そのものの認識枠組みが再構成される過程は描かれておらず、この点において、本作品が有する社会教育的意義には一定の限界が存在すると評価することができる。もっとも、このような評価は、和解学という研究領域が一定の蓄積を形成した現在だからこそ可能となる後付け的な視座に基づくものであることにも留意する必要がある。実際、本作品が有していた社会教育的価値は、別の次元において極めて重要であったといえる。それは、「在日コリアン」という存在を文化的産物の中で可視化し、その歴史的経験を登場人物の語りを通じて社会に提示した点にある。当時は現在のようにSNSが普及しておらず、情報の流通が主として学校教育やマスメディアに依拠していたことを踏まえるならば、このような文化的表象が果たした役割は、より高く評価されるべきであろう。

早稲田大学国際和解学研究所に関連しては、学生主体による国際和解映画祭(ERIFF)という活動が継続的に実施されている。本報告で取り上げた『パッチギ!』は、2025年に開催された第5回映画祭において上映された作品でもある。本映画祭は、和解学の学術的知見を映画という媒体を通じて社会に還元することを目的としており、政府間の妥協のみを賛美するのでもなく、また個人間の交流にとどまるものでもなく、対立関係にある集団同士が相互に変容していく過程そのものを和解として捉え、そのような表象を有する映画の制作と普及を志向している。本報告の内容とも密接に関わる取り組みであるため、ここに簡単に紹介させていただいた。

本報告は、国際和解学プロジェクトの支援によって実現したものである。そのように参加の機会を得た者として、末筆ながら、本プロジェクト分担者であり国際教育班を主導されている黒田一雄先生が、本学会の President-elect として本大会の運営を指揮され、会長職としての新たな一年の幕開けを華やかに飾られたことを特筆しておきたい。また、Nazeer-Ikeda 先生をはじめとする黒田先生の門下生の方々が運営陣として精力的に活躍されていた姿は、同じプロジェクトに関わる者として大きな刺激となった。

門外漢としての参加ではあったが、黒田先生のご厚意により、運営関係者の謝恩会ならびに黒田先生の誕生日会にも参列する機会を賜った。専門分野は異なるものの、このような貴重な経験を得た者として、今後は本研究をさらに深化させることで、微力ながら恩返しをしていきたいと強く感じている。

黒田先生との集まりの様子