2026年6月19日から22日にかけて、キプロス・ニコシアで開催された**「The 7th Annual Conference of the IARS: Paths Toward Peace: Reconciliation in Theory and Practice」**に参加し、「宗教的モデレーション(Religious Moderation)を通じたインドネシアの社会的調和の促進」に関する研究成果を発表した。
宗教・信仰・信念は、しばしば紛争や戦争を引き起こす要因として利用され、社会の分断や対立を深める側面を持つ。一方で、それらは和解や平和構築を実現するための重要な資源にもなり得る。本研究では、多様な宗教・民族・言語・文化を有するインドネシアにおいて、宗教を積極的に活用しながら社会的調和を維持しようとする国家的な取り組みに着目した。
近年、国内外の調査では、インドネシアにおける宗教的不寛容の拡大が報告されており、その傾向は一部の過激な集団にとどまらず、社会や教育現場にも広がりつつあることが指摘されている。こうした状況を受け、インドネシア政府は教育分野を中心に「宗教的モデレーション(Moderasi Beragama)」政策を推進し、急進主義や宗教的不寛容の抑制、多様な背景を持つ人々の相互理解の促進、そして平和で調和のある社会の形成を目指している。
本研究では、学校における多様性の程度や教師自身の信念・価値観が、宗教的モデレーション教育の実践に大きな影響を与えていることが明らかとなった。また、教師が宗教的モデレーションの理念を共通して理解していたとしても、その理念が教育実践を通じて十分に生徒へ伝わるとは限らないことも確認された。特に、学校周辺の多様性の乏しさによる実践経験の不足、学校組織からの支援不足、さらに教師が学年や生徒の発達段階に応じて教育内容を調整していることなどが、実践上の課題として浮かび上がった。
質疑応答では、「宗教的モデレーション」を和解(reconciliation)の観点からどのように位置づけることができるのかについて、多くの示唆を得ることができた。本研究は教師の実践を中心に分析したものであり、宗教的モデレーションが和解のプロセスにどのように寄与し得るかという理論的・実践的側面については十分に扱えていなかった。そのため、多くの質問やコメントは、この概念が和解研究にどのような新たな視点を提供できるかという点に集中していた。
学会期間中は、自身の発表だけでなく、多数のセッションに参加し、研究者や実務家との議論を通じて和解研究への理解を深めることができた。従来、和解は対立する当事者間の紛争解決や関係修復のための戦略・プロセスとして理解されることが多い。しかし、今回の議論を通して、その理解は必ずしも十分ではなく、和解はより多面的な概念であることを再認識した。
例えば、宗教は和解研究を構成する重要な一つの要素であり、その対象は対立当事者だけに限定されない。宗教は、他者との和解だけでなく、自分自身との和解を促す実践的・精神的資源としても機能する。赦し(forgiveness)や赦しを求める行為は、和解の出発点となるだけでなく、その成果を長期的に維持する上でも重要な役割を果たす。また実践面では、宗教指導者が地域社会に深く根ざした存在として、中立的な立場から対立する当事者をつなぐ仲介者となる事例も少なくない。このように、宗教は宗教間の違いを強調するものではなく、和解研究を豊かにする重要な研究領域として捉えることができる。
基調講演では、ギリシャ系キプロス人およびトルコ系キプロス人双方の元交渉担当者が登壇し、「Nothing is agreed until everything is agreed(すべてが合意されるまでは、何一つ合意されたことにはならない)」という言葉を紹介した。両者は長年の現地での経験を踏まえ、市民レベルでは和解への意思が十分に存在している一方、政治エリート層との認識の隔たりが、近年の和平交渉停滞の大きな要因となっていることを指摘した。
学会終了後には、旧市街を訪れ、ギリシャ系・トルコ系双方の住民への聞き取りや現地観察を行った。もちろん、短期間の観察のみで現状を包括的に理解することはできないものの、二つの印象が特に強く残った。第一に、戦争を直接経験した世代と比較すると、現在の若い世代では対立意識が大きく和らいでおり、互いを赦し、未来志向で平和を考える姿勢が見られたことである。第二に、行政上の手続きは存在するものの、両地域間の往来は予想以上に円滑であり、住民同士の日常的な交流が継続している点である。このような交流は、草の根レベルでの緊張緩和や世代間トラウマの克服に寄与している可能性があると感じた。
今回のIARS年次大会への参加は、学術的な知見だけでなく、現地での実践的な学びを得る貴重な機会となった。若手研究者として、研究が理論の世界に閉じてしまう「アイボリータワー」の課題を意識しているが、多様な研究者・専門家・実務家との議論、そして現地での観察を通じて、和解を「理論」と「実践」の両面から捉える視点を深めることができた。この経験を今後の研究活動へと生かしていきたい。

