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【講演紹介】「米軍が見た帝国解体と日本の在外財産 — 戦後日韓関係の出発点」_浅野豊美

浅野 豊美

早稲田大学 政治経済学術院 教授

分析:池上慶徳

 1945年の終戦以後、数十万人にのぼる「在外居留民」が日本へ引き揚げた。日本では、彼らは戦禍によって生活基盤を失った被害者である「引揚者」として記憶される。一方、旧植民地である韓国では、植民地支配の一端を担った加害者としての「植民者」と語られる。同じ人々をめぐる、この認識の隔たりはどこから生まれたのか。そもそも、なぜこれほど多くの日本人が当時国外へ移り住み、敗戦後に引き揚げることになったのか。また、その過程で生じた国民間を隔てる「心の問題」は、なぜ・どのように生じたのか。

 2025年9月7日、帰還者たちの記憶ミュージアム(平和祈念展示資料館)で開催された戦後80年企画展「苦難の道程 朝鮮引揚げの記憶と記録」の関連企画として、浅野豊美・早稲田大学教授による講演「米軍が見た帝国解体と日本の在外財産――戦後日韓関係の出発点」が行われた。本講演は、在外居留民の存在を軸として、近代の東アジアにおける帝国の形成と、敗戦後の脱植民地化を一続きの歴史として描き出す。さらに、その過程で解決されなかった心の問題が、今日の歴史認識問題へどのようにつながったのかを明らかにする。

 本企画は「戦後80年企画展」として実施されたものであるが、日本の「戦後」は80年以外にも存在する。本講演で提示されるのは、「日露戦争後」「第二次世界大戦後」「冷戦後」という三つの「戦後」である。幕末のウエスタンインパクト後、急速な近代化を遂げた日本にとって、日露戦争の勝利は、国際社会における自国の存在感を示す画期となった。同時に、それは帝国としての日本が本格的に形成される起点でもあった。朝鮮半島の保護国化と植民地化、満州事変を経て、日本は「帝国としての戦争」である第二次世界大戦へ向かっていった。

 第二次世界大戦の戦後処理は、民族自決の原則に則り、旧帝国の領域を新たな主権国家へ再編する過程であった。第一次世界大戦後の過大な金銭賠償が、後年の第二次世界大戦という大惨事を招いたことの反省から、連合国側は金銭ではなく資本を中心とする賠償モデルを採用した。そこで鍵を握ったのが、旧植民地に残された日系企業の産業施設や日本人の私有財産、すなわち在外財産である。

 植民地支配とは、他国・他民族の施政権を奪うことだけではない。鉄道、金融、貿易、鉱工業、学校など、近代的なセクターを支配側が優先的に占有することによっても進められた。一般的な移民とは、対等な主権国家間を移動し、現地の郷に従う人々を指すが、宗主国から植民地へという植民地支配の権力関係にそって移動する移民の場合は、通常の移民とは異なり、本国政府の権力や植民地制度を背景として現地社会へ入っていく。ここに、戦後の在外私有財産をめぐる認識の対立が生じる。在外居留民にとって、それは現地で築いた生活と個人財産である。しかし、植民地支配を受けた側から見れば、その財産は不平等な権力関係のもとで形成されたものでもある。その両者の認識的な対立を残したまま、最終的には戦後国際秩序における主権国家間の脱植民地化の過程に組み込まれ、賠償の一環として没収されることになる。

 戦後処理で「完全かつ最終的に解決」されたのは、そのような物質的な側面であった。植民地支配をどう評価するのかという歴史認識や、家族史や地域史として残る戦争の記憶をどう受け止めるのかという「心の問題」は、例えば日韓会談においても解決が難しく、事実上封印された。

 それが三つ目の戦後である冷戦の終結と民主化の波がアジアに押し寄せることで、戦後半世紀封印されてきた心の問題が東アジアを中心に噴出し、いわゆる歴史認識問題が表面化するようになった。このようにみると、三つの戦後は不可分な一連の歴史的経緯であること、現代がまさにその延長線上に位置付けられること、そして、大勢の「在外居留民」がなぜ、どのように国外へ移住し、そして引き揚げというかたちで帰国したのか。また、「在外居留民」が敗戦時に何を残し、それが戦後にどのような問題となったのか。本講演は、それらの複合的な観点を、引揚者の経験を日本人の被害の歴史としても語りつつ、日本帝国の形成と解体、脱植民地化、それに伴う人口移動をめぐるグローバル・ヒストリーとしても位置付けている。

 日本における被害者像と旧植民地における加害者像が交差する「在外居留民」を、より広域的な社会関係のなかに位置づけることは、同じ歴史的事象を異なる歴史認識のもとで叙述し、政治的に対立してきた東アジアの歴史認識問題を捉え直す一つの契機となる。人・財産・制度・記憶が国境を越えて再編された過程をグローバル・ヒストリーの視点から描くことは、双方に存在する被害者/加害者像の差異を安易に相殺したりするものではなく、それぞれの歴史認識が成立した背景を明らかにし、対立する歴史認識を架橋的に理解するための知的基盤を築くことに資する。そのような和解に向けた知的インフラの構築こそが国際和解学プロジェクトの根幹を成しており、本講演はそのアプローチのまさに模範的な取り組みであるといえよう。

 講演の全容については、こちらのリンクから視聴できる。