哲学・心理学ジェンダー&エスニシティ
井上 瞳
INOUE, Hitomi

広島大学 学振特別研究員PD
代表的な業績(3点)
- 【学術論文・査読有】井上瞳「性暴力をめぐるフェミニズムと精神医療の往還――1960年代以降の英語圏のフェミニストによる「被害者‐サバイバー言説」の展開に注目して」『女性学』(30)、2023年、pp. 73-91.
- 【学術論文・査読有】井上瞳「語ることと語り出すこと――性暴力とトラウマケアをめぐるアイデンティティに関する考察」『ジェンダー研究』(25)、2022年、pp. 177-195.
- 【学術論文・査読有】井上瞳「性暴力被害とトラウマを再考する――新自由主義とポストフェミニズムの観点から」『未来共創』(8)、2021年、pp. 31-63.
専攻分野
ジェンダー研究、現象学、人類学
目指す研究者像
私は、「あいだ」に立ち続ける研究者を目指したいと考えている。性暴力と被害をめぐる問題は、被害と加害、被害者と支援者、被害者と社会などさまざまな「あいだ」を生む。特に、性被害は汚れやけがれといった社会的排除の動きと表裏一体をなす。当事者にとって「性暴力被害者である」ことは必ずしも自明なものではなく、性暴力被害者であることと性暴力被害者でないことの「あいだ」が存在する。私は、「あいだ」の外から「あいだ」を〈解消する〉のではなく、具体的な記述を通して、自分自身が「あいだ」に立ち、そこから立ち上がる問いを研究という形で閉ざすことなくひらき続ける研究者を目指したい。
研究テーマ紹介
本プロジェクトにおける課題は、性暴力被害と公共性の問題の考察を通じて、性暴力被害の開示と対話を基盤とする「和解」の限界を明らかにすることである。
1960年代後半にアメリカ合衆国において「個人的なことは政治的なこと The personal is political」をテーゼとして始まった第二波フェミニズム運動は、性暴力を公的領域において議論することを試みた。その際、フェミニスト臨床家らが注目したのは、トラウマやPTSDといった精神医学の語彙・言説である。近年では、トラウマの知識にもとづいた関わりを公衆衛生の課題として提起するトラウマインフォームドケアに注目が集まっている。
しかし、こうした機運が高まりは、性暴力被害をめぐり「沈黙する」あるいは「隠す」といったテーマの重要性を失わせるものではない。欧米では、2000年代以降、これら心理士や精神科医など専門家による心理支援のみならず、生活をともにする周囲の人々による「社会支援」に関する議論が蓄積されている。たしかに、性暴力は自然災害などその他のトラウマ体験の中でもPTSDの発症率が高い。社会資源やサポートへのアクセスの面でも、性被害を開示し周囲の人々の協力を得ることは極めて重要である。しかし他方で、こうした「開示」をめぐる議論は「開示の困難」に裏打ちされてもいる。当事者は「開示」を通じて肯定的なリアクションを得るとは限らない。
そこで、本研究は性暴力被害と公共性の問題の再検討を行う。これにより、性暴力被害を公的領域において現出させないことをそれ自体として論じる回路を模索する。
ワーキングペーパーの仮題目
現れるものと現れないもの――性暴力被害と公共性を再考する
研究画像
